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風と草

失敗を恐れぬ心

2022-01-05
豊山禅師騎虎図

あけましておめでとうございます、源さんです。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。


今年は寅年です。

勇猛で気品ある虎は、中国では龍とともに神格化される存在で、英雄のシンボルでもあります。

「龍(ぎん)ずれは雲起こり、虎(うそぶ)けば風(しょう)ず」という語があり、虎が吠えれば風が吹き起こるといいます。

猛虎の雄叫(おたけ)びでコロナ禍を吹き飛ばしてほしいものです。


さて、寅年生まれの方にはいささか申し訳ないのですが、私は虎というと中島敦の短編小説『山月記』を思い出します。

高校教科書に採用されることも多い名作で、次のようなお話です。


昔々、中国は唐の時代、李徴(りちょう)という人がいた。博学秀才で自信家の李徴は高級官僚となったが、周囲を見下(みくだ)してなじめず、仕事をやめて詩人を志した。しかし芽が出ず、生活に困窮したために地方官僚の職についた。かつての同輩はすでに出世しており、かれらの命令を受けることは、李徴の自尊心を著しく傷つけた。そしてついに李徴は発狂して虎になってしまった。

ある日、李徴の唯一の友人であった袁傪(えんさん)が、月明かりのもと山中を歩いていると、一匹の虎に出くわした。その虎が李徴であることに気が付いた袁傪は、どうして虎になってしまったのか尋ねた。すると李徴はこう答えた。

「おれは詩によって名を成そうと思いながら、自分に才能がないことを自覚することを恐れて、切磋琢磨せず、あえて努力をしなかった。また、自分に才能があると信じたいために、他人を見下して交わりを絶った。この臆病な自尊心と、尊大な羞恥心が、心の中の虎であった。虎はどんどん肥え太り、ついに内面にふさわしい外見となってしまったのだ。」


そして袁傪は李徴の最期の願いを聞き入れ、余韻の残るラストを迎えます。

李徴の悲痛な告白が胸を打つこの作品は、格調高い文章で綴られていますので、是非ご一読ください。


プライドが高いゆえに、傷つくことを恐れる「臆病な自尊心」。

恥をかいて自信を失いたくないゆえに、他人を見下す「尊大な羞恥心」。


これは李徴だけでなく、人間が否応なく抱いてしまう心なのではないでしょうか。

私も心当たりがあったからこそ、ながく印象に残っているのでしょう。


自尊心と羞恥心は、胸を張って生きていくうえで大切な心です。

しかし傷つくことなく、恥をかくことなくしては、なかなか人間は成長できません。

時には失敗をし、恥ずかしい思いをしながら、少しずつ前に進んでいく姿に、私は人間らしさを感じます。


私も三十代半ばを迎え、失敗したくない、恥をかきたくないという思いに駆られがちです。

しかしまだまだ三十代。

当山に伝わる「豊山禅師騎虎図」のように、心の虎を飼いならし、失敗を恐れずに物事に積極的に取り組む姿勢を大切にしたいと思います。


皆様方には変わらぬ御指導のほど、どうぞよろしくお願いいたします。


それでは、源さんでした。
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