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風と草

根本の心

2023-06-01
こんにちは、副住職の源さんです。

あっという間に6月になりました。
5月病という名のだらけ癖が抜けない今日この頃です。
皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、本日は「守破離」という言葉のご紹介です。

守破離とは、「守る」「破る」「離れる」という意味で、日本の伝統芸能のなかで大切にされている考え方です。

芸事は、師匠から弟子に継承されていきます。
最初は師匠の教えを「守る」ことが大切です。
これによって基礎を身に着けます。

その上で、師匠の教えのみならず、様々な教えを取り込んで、時には師匠の教えを「破る」ことも必要になってきます。こうして芸事は磨かれていきます。

最後は、師匠の教えを「離れる」ことで、自分なりの芸を確立し、名人の域に達する、というわけです。

この言葉を紹介しようと思ったのは、先日の葬儀があったからです。

九州出身の故人は、昔気質の方で、ご子息はたいへん厳しくしつけられたそうです。
そのご子息が、葬儀の最後に次のようにご挨拶されました。

「お坊さんのお経を聞きながら、私は守破離について思いを巡らせていた。幼い頃から父の教えを守り、時には反発して、教えを破ることもあった。しかしそれも父の存在があったからこそだ。そしてついに父は旅立ってしまった。私は今日から、父を離れて生きていかなければならない。父に恥じぬように、しっかりと生きていくつもりです。」

守破離を自分の境遇に引き寄せて解釈し、まっすぐに前を見据えて語られる姿に、私はとても胸を打たれました。
それと共に、茶道の世界で大切にされている次の短歌が思い出されました。

「規矩作法(きくさほう)、守り尽くして破るとも、離るるとても、本を忘るな」

師匠から教わったルールや作法を守り尽くした先に、それを破ったり離れたりすることになっても、師匠が伝えようとした「根本の心」は忘れてはならない、という意味でしょう。

参列者の前で堂々とお話されるご子息の姿を見て、故人が伝えようとした人としてのあり方、「根本の心」が、正しく受け継がれていることを感じました。

守破離という言葉は、ともすれば師匠とは異なる考えに至ることと理解されてしまいますが、決してそうではないでしょう。
師匠の教えを離れても、師匠が伝えようとしてくれた「根本の心」を継承しなければ、守破離の意味がありません。

広福寺が創建されて650年以上が経ちます。
長い歴史のなかで、時代も変わり、お寺のあり方も変わってきました。
その中で、広福寺が代々大切にしてきた「根本の心」とはなにか。
私が継承し、そして次世代に伝えていくべき「根本の心」とはどういうものか。

まだ答えは出ていませんが、それを考え続けることが人を成長させるのだと思います。

5月病だなんて言ってられませんね。
6月もがんばるぞー!
それでは、源さんでした。
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